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北海道の開拓最前線、原野を切り拓く人々が行き交った「旧奥行臼駅逓所」

エリア
釧路・阿寒・川湯・根室
投稿日
最終更新日: 2026年7月21日
道東・別海町(べつかいちょう)の奥行(おくゆき)地区は、北海道の開拓を支えた歴史の面影が今に伝えるエリア。ここにある「旧奥行臼(おくゆきうす)駅逓所(えきていしょ)」は、宿泊施設も交通機関も少なかった開拓時代に、旅人の宿泊と馬の乗り継ぎ、郵便や物資の輸送を担った施設です。かつて道内に600か所以上あった駅逓所建築の貴重な現存例として、国の史跡に指定されています。
すぐそばに残る旧国鉄標津線や村営軌道の駅跡とあわせて、見どころをご紹介します。

1.道東開拓の重要ルートに位置した奥行臼

北海道の開拓が国の事業として本格的に始まったのは、明治2(1869)年。蝦夷地(えぞち)が「北海道」と改められ、開拓を担う役所「開拓使」が置かれてからです。 明治時代に道東内陸の開拓が本格化すると、根室と別海の海岸部・内陸部を結ぶ道が築かれていきました。

奥行地区はその道中にあり、別海・西別・別当賀の3方面へ道が分かれる分岐点。入植者や物流を担う馬が絶えず行き交う、人や物資が集まる交通の要所でした。そこに存在したのが、奥行臼駅逓所です。現代で言えば「宿泊施設も兼ねた道の駅」的存在という感じでしょうか。

旧奥行臼駅逓所

▲旧奥行臼駅逓所外観▲

やがて交通の主役が馬から鉄道へ移ってからも、国鉄標津線や別海村営軌道がこの地を通ります。奥行地区には、駅逓所跡・国鉄駅跡・村営軌道跡と、時代の異なる3つの交通遺産が今もまとまって残っているのです。
旧奥行臼駅逓所

▲周辺には当時の旧道も整備されています▲

2.国指定史跡 「旧奥行臼駅逓所」

1910年(明治43年)に開設された旧奥行臼駅逓所。地区の世話役だった山崎藤次郎氏が取扱人を務め、1930年(昭和5年)に廃止されるまで、別海町内に9か所あった駅逓所のひとつとして開拓を支えました。宿泊のほかに郵便や物資の中継、馬の乗り継ぎもここで行われ、旅人と地域の暮らしを支える拠点だった場所です。

駅逓所が廃止された後も1970年(昭和45年)頃まで旅館として営業、建物は良好な状態で保存され、2011年(平成23年)に国の史跡へ指定され、日本遺産「『鮭の聖地』の物語」 の構成文化財にも選ばれています。

現在の建物は、平成28年からおよそ3年をかけた保存修理で、駅逓所として使われていた頃の状態に復元されました。土台や柱に太い木材を組み上げた重厚なつくりで、屋根の上の棟飾りが目を引きます。

旧奥行臼駅逓所

▲道道からみた旧奥行臼駅逓所正面▲

旧奥行臼駅逓所

▲モダンな棟飾り▲

旧奥行臼駅逓所

▲山崎藤次郎(1860-1940)は1903年奥行臼へ入植し馬の繁殖に力を注いだ▲

中に入ると、まず迎えてくれるのが広い土間。その先には旅人が身体を休めた宿泊室が並び、往時の間取りをたどりながら見学できます。館内には旅館時代まで使われていた調理器具や調度品は当時使用されていた状態で、山崎家の牧場の書類・馬具などとともに展示され、駅逓所から旅館へ受け継がれた歴史が伝わってきます。
旧奥行臼駅逓所

▲客間のひとつ。磨き込まれた調度品がたいへん美しい▲

旧奥行臼駅逓所

▲入ってすぐの「土間」▲

旧奥行臼駅逓所

▲長い旅路の途中寛ぐ人たちを重ねてみる▲

旧奥行臼駅逓所

▲くもりひとつ無い鏡含め、全体の保存状態の良さに脱帽です▲

旧奥行臼駅逓所

▲馬具。他にも使われていたランプ類などが展示されています▲

旧奥行臼駅逓所

▲別棟の馬小屋の中も見学ができました▲

部屋を使った解説展示室では、パネルで駅逓所の歩みをたどれるほか、ガイドさんが常駐しており、希望すれば詳しい解説を聞くこともできます。
建物内部の公開は毎年5月1日から11月3日まで(月曜休館・祝日は開館)。入館は無料です。

旧奥行臼駅逓所

住所
北海道野付郡別海町奥行15−12
HP
https://betsukai.jp/kyoiku/culture/bunkazai/kuni_shiseki/okuyuki_ekitei/
営業時間
5月1日~11月3日の10:00-16:30 月曜日休館(祝日・国民の休日と重なる場合は開館)
備考
駐車場は国道243号沿い奥行駐車場をご利用いただけます

3.旧国鉄標津線奥行臼駅跡・旧別海村営軌道風蓮線奥行臼停留所跡

駅逓所から徒歩3分ほどの場所に残るのが、旧国鉄標津線の奥行臼駅跡です。標津線は1933年(昭和8年)に開業し、JRとなってすぐの1989年(平成元年)4月に廃止されるまで、沿線の人々の暮らしを支えた路線でした。木造の駅舎は開業当初のもので、旧標津線の駅舎として現存するのはここだけ。
旧国鉄標津線奥行臼駅跡

▲旧国鉄標津線の奥行臼駅跡正面から▲

駅舎の中には当時の運賃表が掲示されたままの待合室が残り、列車を待つ人がいた日々をそのまま伝えています。ホームは駅舎から線路を渡った先にあり、駅舎・詰所・ホームは別海町の有形文化財に指定されています。
旧国鉄標津線奥行臼駅跡

▲駅舎内部・待合室▲

旧国鉄標津線奥行臼駅跡

▲駅舎内部・役務室▲

旧国鉄標津線奥行臼駅跡

▲約1キロメートルにわたって線路が残され、年に数回トロッコを走らせるイベントが行われています▲

奥行臼駅跡から道道を挟んで向かい側には、旧「別海村営軌道」風蓮線の奥行臼停留所跡もあります。1963年(昭和38年)に開通し、1971年(昭和46年)に廃止されるまで、上風連(かみふうれん)方面へ人や集荷した牛乳、生活・生産物資を運んだ小さな軌道です。

旧別海村営軌道風蓮線奥行臼停留所跡

▲バス用のエンジンで動いていた「レールバス」。奥行臼から上風蓮まで12の停留所があった▲

旧別海村営軌道風蓮線奥行臼停留所跡

▲転車台跡の向こうにあるのはミルクゴンドラ車▲

停留所跡には転車台や自走客車、貨車が当時の状態で保存され、開拓の時代から近代酪農へと歩んだ、このまちらしい鉄道風景を残しています。

標津線奥行臼駅跡

住所
北海道野付郡別海町奥行16-29
HP
https://betsukai.jp/kyoiku/culture/bunkazai/cho_bunkazai/okuyuki_eki/
備考
駐車場は国道243号沿い奥行駐車場をご利用いただけます

4.おわりに

旧奥行臼駅逓所

▲駅逓所・駅跡・軌道跡の一帯を「奥行臼史跡公園」として整備する計画が進められています▲

駅逓所と駅跡がならぶ奥行地区は、開拓の時代から鉄道の時代まで、道東の交通の歩みをまとめてたどれる場所。木造駅舎や保存車両のまわりには、昭和のなつかしい空気が静かにゆっくりと流れています。歴史好きの知的好奇心にこたえてくれる一帯として、別海町や根室方面へドライブする途中に、ぜひ立ち寄ってみてください。

山﨑 陽弘(やまざき あきひろ)

1975年、大阪府生まれ。32歳の時に「趣味のオートバイで訪れ、その雄大さに魅了された」北海道・道東に移住しました。現役の男性看護師として地域医療・福祉にも尽力しながら、地域の魅力を発信しています。

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